Global Youth Net 今週の名言名句「言葉は力なり」<バックナンバー>

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140 「雨ニモマケズ/風ニモマケズ」

(宮沢賢治:1896〜1933年。大正、昭和期の詩人、童話作家。『風の又三郎』『銀河鉄道の夜』『春と修羅』など)
 宮沢賢治は東北・岩手が生んだ偉人である。この夏、コラム子は岩手県盛岡市にある賢治ゆかりの地、光原社を訪ねた。賢治の生存中に発刊された唯一の童話集『注文の多い料理店』の発行元となった会社である。光原社は、没後78年を経た今も、賢治が夢に抱いた「いーはとーぶ(理想郷)」への思いを嗅ぐことのできる貴重な空間の一つだ。
「雨ニモマケズ…」に貫かれた賢治の人生哲学は、今こそ顧みられるべき被災地復旧・再生のための力を与えてくれる東北を根とする精神文化なのである。
139 「何方(いずかた)をも捨てじと心にとり持ちては、一事も成るべからず」
Nothing great was ever achieved without enthusiasm.


(『徒然草』より 吉田兼好:1282?〜1350?年。鎌倉末、南北朝期の歌人、随筆家、隠者。『徒然草』は三大随筆の一つ)
 何でもかんでも手を付けていては、どれも中途半端なままで完成しない、という意味。そうならないためには、大事なことが何かを判断し、他のものは思い切って捨て去り、重要なものに焦点を絞ることが肝要である。
 ところが、多くの人々はあれもこれも捨てることができない人生を過ごし、年を経ては悔やむのである。多く抱え込んでしまうことは周りの人間にとっても迷惑千万である。自分のなすべきこと、他の人に託すべき分をわきまえることで、多くの公の大事が成されていくのである。
138 「熱心さなしに偉大なることがなされた試しはない」
Nothing great was ever achieved without enthusiasm.


(エマソン:1803〜1882。アメリカの詩人、思想家。講演、著述の生活を送り、コンコードに住んだことから「コンコードの哲人」といわれる。『自然論』『アメリカの学徒』など)
 熱心さ…文字通り、熱く燃える心である。これが大いなる成功の原動力であり、エネルギーの源となる。いくら知恵があり、実力があっても、ただそれだけで熱い心がなければ、「偉大なること」への昇華はなされない。
 昨今は、「熱心さ」が疎まれ、クールであることをよしとする風潮が強いが、熱が失われれば、人は死ぬ。肉体の生命も精神の生命も本質は同じであろう。心の強さもまた、「熱心さ」がバロメーターとなる。
137 「山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し」

(『陽明全集』より 王陽明:1472〜1528。中国、明中期の儒学者、政治家。『伝習録』『王文成公全書』など)
 人は往々にして己に対しては甘いものだ。誰しも自分のことがかわいい。心の中の賊にあっさりと敗れ去る。内なる敵に打ち勝ち得る者、これを真の勝者という。内なる自分をいかに鍛え、育てるか。若い時にこれをしっかりできた者が成熟した大人と呼び得る、家庭と社会の柱となるのである。この柱は決して、シロアリのえじきなどにはならない。
136 「夫婦とは二つの半分になるのではなくて、一つの全体になることだ」

(ゴッホ:1853〜1890。オランダの画家。生存中はほとんど認められなかったが、後期印象派の巨匠として近代絵画の発展に影響を与える)
 夫婦に限らず、家族やチームといった共同体にも当てはまる言葉である。部分が集まって全体をつくっているのではなく、部分は全体を代表している一つの全体そのものなのである。
 これは、個人が全体に従属するという全体主義的思想を指しているのではない。「私」はパズルの一片のピースに過ぎないのではなく、「私」は一つの全体そのものなのだ。ゆえに、かの巨大地震による未曽有の災害は東北の人々が受け、私は災害を免れたのではなく、「私」が災害を受けたのであり、一つの日本全体が被災したのである。
 東日本大震災は、一つの日本を創建する起点とならなければならない。
135 「平和をあなたにもたらすことができるのは、あなただけだ。(Nothing can bring you peace but yourself.)」

(エマソン:1803〜1882。アメリカの詩人、思想家。講演、著述の生活を送り、コンコードに住んだことから「コンコードの哲人」といわれる。『自然論』『アメリカの学徒』など)
 一人ひとりの平和実現への努力を促した言葉ととらえることもできるが、視点を変えれば、平和であるかどうかを決定するのは自分自身である、とも解釈できる。
 平和や幸福、自由、一体感などなど、本人がそれを実感していない限り、彼はそのような状態にあるとは言えないのである。「心からそうだと思える自分」となれるかどうか、これが人間の満足度の尺度なのだ。
 真の平和を得たければ、心の感性を磨くことを疎かにしてはならない。
134 「悲しみは他人に話すと薄らぐ(Grief is lessened when imparted to others)」

(ことわざ:griefは「悲嘆」「悲しみ」という意味。impartは「打ち明ける」という意味)
 この2週間ほどの間に、何かしら縁のある人々が4人もこの世を去った。葬儀に参列したり、弔電を送ったり。人の命、死ぬということの意味、残された家族の悲しみ……、ふとそんなことを考えてしまう毎日が続いた。
 4人のうちの2人は海外である。人の死を吹聴するのもいかがなものとは思うが、気が置けない相手にはつい話してしまう。悲しみであれ、喜びであれ、分かち合う相手がいることは幸いなことである。「打ち明ける」相手を持たない人の心は閉塞状態となり、ときに病を招来する。良き他人を持つことはかくも心身の健康にとって大事なことなのである。
 他者のために生きるとは、すなわち、他者の心情を分かち合える人になることなのである。
133 「利を共にするは小なりといえども還って大なり」

(角倉家『舟中規約』より 角倉素庵:1571〜1632年。江戸前期京都嵯峨の豪商。父の晩年、官許の朱印船貿易に従事していた父の事業を受け継いだ)
 今風に言えば、「WIN&WIN」の関係といったところだろうか。ビジネスの話でなくとも、「利を共にする」姿勢は、分かち合いの心、共有の心を喚起する。共に生きるとは、共に栄えること、すなわち、利を共にすることなり。日頃、小なることであっても分かち合い、与え合う生活を心掛けよう。それは必ずや強い信頼の絆となり、大きな成功の基となるに違いない。
132 「夫を持ったり、子供を持ったりする度に、人間の心の眼は開けてゆくものだよ」

(『結婚の眼』より 川端康成:1899〜1972年。昭和期の小説家。横光利一らと「文芸時代」を創刊。ノーベル文学賞受賞。『伊豆の踊子』『雪国』『千羽鶴』『山の音』など)
 作家、川端康成の至言である。人間の心の眼はいかにして開かれていくのか。結婚をする。子供を産み、育てる。…かように人間というものは普段の家庭生活の中の一コマ一コマを通して、心の眼を開かれ、人生の意味を理解していくのである。
 体験の力は大きい。具体的な人間関係の交流を通して、私たちの心は動きだし、変化していくのである。家族に限らず、人間関係は苦労や困難が多いものである。しかし、苦労もまた、心の肥やしとなろう。体験によって認識作用が始動し、心の眼が開かれていくのである。
131 「何事も談合すれば面白きことあるぞ」

(蓮如:1415〜1499年。室町後期の浄土真宗の僧。本願寺を継ぎ、浄土真宗の教団を発展させた)
「談合」と言っても、“公共事業をめぐる談合が相次ぎ発覚!”の「談合」ではない。人が寄り集まって、お互いの意見や経験を聞ける場のことである。
 一人で迷走状態に陥ったら、ぜひ談合するのがいい。自分一人では視野も狭くなりがちだが、人と話すことで考え方も錬磨され、自分のことも新たに認識できる。わが国の指導者たちにも、人の話をじっくり聞く「談合」の場を持っていただきたいものだ。
130 「心は必ず事に触れて来たる」

(『徒然草』より 吉田兼好:1283?〜1350?年。鎌倉末、南北朝期の歌人、随筆家、隠者。『徒然草』は三大随筆の一つ)
 登山の映画を観れば山を歩きたくなる。テレビから聞こえてきた故郷の訛りの響きに、ふと故郷の両親に会いたくなる……とか。物事に触れると、心がそれに刺激を受けて動き出す。褒められればうれしくなる。けなされれば気分が悪い。
 良き言葉は良き心を、悪しき言葉は悪しき心を引き出す。良き体験は良き心を触発する。一つでも 多くの良きものに触れ、一つでも多くの良き体験をする。これが、心を豊かな人生を送る秘訣である。
129 「一歩一歩進めば遠くまでいける(Step after step goes far.)」

(ことわざ:日本では、「千里の行も足下に始まる」が同じ意味)
 小子の好きな言葉に「登れない山はない」がある。山登りの極意も一歩一歩である。未曽有の自然災害となった東日本大震災。復旧、復興が遅々として進んでいない感もないではないが、被災地の歩みもまた、一歩一歩であろう。
 東北の人々がいくら忍耐強いとはいえ、ゴールの見えない日々は不安であり、焦燥感も募るに違いない。苛立ちさえあろう。被災地のために自分に何ができるのか、そう考える人々は多い。そんな一人一人の思いもまた、被災地の人々の心に寄り添う「一歩」である。被災地に赴くことができなかったとしても、自分のできる「一歩」をいつも考え、それを行動に移していこうではないか。
128 「人は機会さえ与えらるれば、何人でも無限にその能力を発揮するものである」

(吉野作造:1878〜1933年。明治、大正、昭和期の政治学者。「民本主義」を主唱。『明治文化全集』『吉野作造博士民主主義論集』など)
「自分だって機会さえ与えられれば頑張れるのに…」。大抵の人はそう考えている。ところが、「彼に(あるいは彼女に)機会さえ与えてあげればきっと能力を発揮して頑張ってくれるに違いない」と、部下(あるいは同僚)に対して信じるなどということはほとんど思いもしない、これが現実。
 他者に対して平らかなる思いを持たずば、相手を尊重する心など生ずるはずもない。上から目線、これがいけない。日本の再生も、平らかにして和する思いと互いを尊重し合う心がなければ、真の意味での復興はあり得ない。やはり、人は他のために生きてこそである。
127 「亡くなった母が言っていた言葉を思い出す。『人は奪い合えば足りないが分け合うと余る』。被災地で実践されていた。この国の東北の方々を、日本を、誇りに思います」

(思い出す母の言葉:『3.11世界中が祈り始めた日 PRAY FOR JAPAN』(講談社刊)より)
 言葉は実践によって語られる。メディアの震災報道の中に、ツイッターのつぶやきの中に、理論理屈ではない、魂を持った人間たちの本心から発した声が響いている。
 大震災は、無数の命と人々の故郷を奪った。大自然の脅威の前に、人間があまりにも無力であったことをわれわれは思い知らされた。しかし、同時に、人は心一つで必ず蘇ることができるのだという、人類普遍の真理への覚醒と希望を得たのである。
 「人は奪い合えば足りないが分け合うと余る」という一人の母親がわが子に残したメッセージもまた、それを聞くすべての者の本心を一つに束ねる。
126 「(ミャンマーで一万人の命を救った小児外科医。テレビ番組の『なぜ、ミャンマーにいるのか?』の問いに答えて…)自分の存在価値の再認識なんですよ。自分がやった行為によって喜んでいる姿を見れば、自分は人を喜ばす価値がある人間だと自己認識する。自己認識を重ねていって、自分というものの価値をつくっている。それが最も高い場所が僕にとってここなんです」

(吉岡秀人:日本の医師。専門は小児外科。1995年から1997年までミャンマーで活動。その後、岡山病院小児外科、川崎医科大学小児外科講師などを経て、2003年からミャンマーで医療活動を再開。2004年、国際医療ボランティア団体「ジャパンハート」を設立。2006年にはジャパンハートの看護部として「海を越える看護団」を設立)
 実践と体験から語られた言葉は重い。人を喜ばせて生きられたらと誰もが願うかもしれないが、そのように生き続けることが容易ではないこともまた現実である。自己の存在価値を懸けて戦う吉岡医師のミャンマーでの医療活動は気迫に満ち、見る者の心を揺さぶらずにはおかない。あなたの「ミャンマー」はどこか?
125 「心に太陽を持て」

(『心に太陽を持て』より 山本有三:1887〜1974年。小説家、劇作家。人道主義的、理想主義的人生観に基づく作風。『女の一生』『路傍の石』『嬰児殺し』『同志の人々』など)
 多くの人々にとって現実の生活は地味なものである。誰もが己の人生の主人公であることは間違いないが、自ら光を放つ「太陽」のような役どころよりは、「月」のような反射体としての役回りが多いのが実際のところであろう。しかし、自ら熱を発する発光体となることを諦めてはいけない。「心に太陽を持て」である。
 人々を温め、明るくし、エネルギーを与える人生こそ、私の人生のひのき舞台である。誰かのために生きようとする心こそ、太陽にほかならない。輝け、新青年!
124 「実地を踏んで鍛え上げない人間は、木偶の坊と同じ事だ」

(『明暗』より 夏目漱石:1867〜1916年。明治、大正期の小説家。『吾輩は猫である』『坊ちゃん』『三四郎』『それから』など)
 前回に続いて、今回も漱石の言葉を紹介したい。
 あれこれとご託を並べるのは簡単なことである。人間の中身というものは実際の行動によって鍛えられる。技能も精神も、自らの手足を動かし、実際の行為が伴ってこそ、得られるものだ。
 東日本大震災からの復旧・復興もまた、“評論家たち”によってなされているのではなく、現場で自らの心と体と頭を投じて生きる“行動する人々”によってなされていることを忘れてはならない。要は、身をもって体験せよ、やってみよ、ということだ。
 未曽有、想定外の体験から真に復活し、新しい日本の国を拓くのは、自ら行動し、実践する人々である。われわれは木偶の坊であってはならない。
123 「精神的に向上心がないものは馬鹿だ」

(『こころ』より 夏目漱石:1867〜1916年。明治、大正期の小説家。『吾輩は猫である』『坊ちゃん』『三四郎』『それから』など)
 目に見えるもの、外の世界の影響を受けやすく、そのことゆえに右往左往しているのがわれわれ人間の常である。しかし、人間は厳然として、精神を持ち、無限の心の世界を有しているのである。ゆえに、その心を、精神を働かせずには本当の意味で人間として生きていることにはなるまい。
 精神的な向上心とは、自主的で、自発的で、主体的な自己の意思の表れである。自らを貪欲に鍛え、成長させようとする心構えが、今よりもっと素晴らしい自分をつくり上げていくのである。
122 「厭々する労働はかえって人を老衰に導くが、自己の生命の表現として自主的にする労働は、その生命を健康にする」

(『愛の創作』より 与謝野晶子:1878〜1942年。明治、大正、昭和期の歌人、詩人。『みだれ髪』『小扇』。鉄幹との合著歌集『毒草』。山川登美子らとの合著詩歌集『恋衣』に「君死にたまふこと勿れ」)
「厭々」やるか「自主的に」やるかは、人の魂の行方を決定する天国と地獄の境目である。私たちの本心はこのことをよく知っているのだが、何とも、健康な生活よりも不健康な生活を安易に許容してしまうのが人間の性(さが)なのである。私たちは必ずやこの惰性から脱却しなければならない。幸福の起点は、自ら行動するというシンプルな原則にある。
121 「かなしみはちからに、欲(ほ)りはいつくしみに、いかりは智慧にみちびかるべし」

(宮沢賢治:1896〜1933年。大正、昭和期の詩人、童話作家。農業研究とともに、宗教心や科学的発想も取り入れた独特な詩や童話を創作。『風の又三郎』『銀河鉄道の夜』『春と修羅』など)
 われわれは再スタートするとき、よく「リセットする(再び始動の状態に戻すこと)」と言う。福島第一原発はリセットできそうにないが、日本国家の在り方については、待ったなしでリセットが必要な時期を迎えているのかもしれない。
 今、日本は 悲しみと無念の思い、そして不安感にあふれている。リセットの前にやらなければならないことは、これらのネガティブな感情をポジティブな感情へと転換させることである。
 ただリセットすればよいのではない。失った悲しみを新たなビジョンを渇望する心へ、やり場のない無念の思いを人を慈しむ思いに、そして社会を漂流する不安感を自発的なミッション遂行の責任感へと転換しなければならない。
 まずは、われわれの心のありよう、生きる姿勢を転換することがリセットの前提である。