Global Youth Net 今週の名言名句「言葉は力なり」<バックナンバー>

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200 「進歩とは反省のきびしさに正比例する」

(本田宗一郎:1906〜1991年。技術者、実業家。本田技研工業社長、最 高顧問を歴任。『得手に帆あげて』『スピードに生きる』)
 安らぎや楽しみ、心休まる実感は苦労してみればこそであろう。充実した人生を送り、心からの満足を得るためには、困難に立ち向かい、問題解決のために奔走することも必然のことわりである。人間には己を懸ける使命が必要だ。生きていることの喜びを噛みしめ、本心の満足を得るために、自分にとって乗り越えるべきハードル、挑戦すべき山が何かをじっくりと自問してみてはいかがだろうか。
199 「徳に勤むる者は、これを求めずして、財自から生ず」

(内村鑑三著『代表的日本人』より〜西郷隆盛の言葉 西郷隆盛:1827〜1877年。幕末、維新期の政治家。廃藩置県に尽力、西南戦争で敗れ、自刃。『西郷隆盛文書』)
 人のためと思って行う自らの行為が、真にその人のためなのか、それとも自己の益のためなのか。心の底に目を落としてみなければならない。私たちは多くの徳目を知っているが、果たしてそれが言葉だけのものになってはいまいか。利己から利他への転換は容易なことではない。見返りを期待せず、与えて忘れ得る、そのような心根を持つことができるまでは、人の道の修練は道半ばである。
198 「重荷を下して木陰に休(やす)らひたる心、無上のたのしみならん」

(『河内屋可正旧記』より 河内屋可正:1636〜1713年。江戸時代前期から中期にかけての地主、豪商。儒学、俳諧、能楽に秀でる。『河内屋可正旧記』は当時の世情や商人道徳をつづったもの)
 安らぎや楽しみ、心休まる実感は苦労してみればこそであろう。充実した人生を送り、心からの満足を得るためには、困難に立ち向かい、問題解決のために奔走することも必然のことわりである。人間には己を懸ける使命が必要だ。生きていることの喜びを噛みしめ、本心の満足を得るために、自分にとって乗り越えるべきハードル、挑戦すべき山が何かをじっくりと自問してみてはいかがだろうか。
197 (「どうして山に登るのか?」と問われて…)人間というのは、楽なことだけが好きなのではなく、苦しいことが好きなんだと思う。苦しくないと登らない。不思議なことに、苦しみは喜びと同じくらいの力をもっているんです。それが振り子のようになっている。だから、苦しみは悪いものじゃない。むしろ喜びを与え、自分を成長させてくれる素晴らしいものだと思っている。山は苦しくないとたぶん行ってもつまらないと思うんです

(テレビ番組のインタビューより 栗城史多:1982年〜。冒険家、登山家)
 「苦しい…」。これが登山を遠ざける一般的な理由であろう。確かに、山登りはしんどい。何度も山を歩いているから苦しくないかというと、そうでもない。「苦しみは悪いものじゃない」と栗城は言う。登山に限らず、「苦しみ」といかに付き合うかによって人生模様は随分違ったものになりそうだ。映像で見る栗城青年の姿はいつも苦しそうだったが、実はその苦しみこそ彼の原動力であり、喜びそのものであったのだ。人は喜びのために生きている。
196 「結婚をもっとも素朴な数式に還元すれば、一と一が合して二となる代りに、新たなる一となることである」

(『夫と妻』より 野上弥生子:1885〜1985年。大正、昭和期の小説家。1971年、文化勲章受章。『海神丸』『大石良雄』『真知子』『鬼女山房記』『森』など)
 何事か成そうとすれば、徹して研究、追究しなければならない。塵も積もれば山となり、一歩一歩が山の頂へと導くのである。平和で幸福な社会の実現も同様である。平和について、幸福について、徹して研究、追究しなければならない。一日も休まず、必死に取り組んでこそ、見えてくるものがある。
195 「金のブルジョアがあるならば、時間のブルジョアという名もあっていい」

(『草思堂随筆』より 吉川英治:1892〜1962年。昭和期の小説家。大衆文学に独自の分野を開く。1960年、文化勲章受章。『鳴門秘帖』『宮本武蔵』『新水滸伝』『私本太平記』など)
 金がなくとも贅沢に生きる方法がある。それが時間のブルジョアになることだ。時間のレートをいかに上げるか、時間の価値をいかに高めるかである。時間は貯めるものではなく、いかに密度高く過ごすかでその価値が決まるのである。
194 「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」

(『道程』より 高村光太郎:1883〜1956年。大正、昭和期の彫刻家、詩人)
 僕たちは成長する存在である。成長すべきであり、成長しなければならないのだ。子もいつかは人の親となる。弟子たちはいつの日か師を超えていかなければならない。そして先輩は後輩のためにしっかりと良き伝統を残さねばならない。僕たちは依存心が強すぎた。そろそろ目を覚ます時が来たようだ。自分の足で立ち、自分の頭で考え、自らの責任ある一歩をもって力強く前進していこう。
193 「なせばなるなさねば成らぬ成るものをならぬというはなさぬ故なり」

『為学玉箒(いがくぎょくそう)』より 手島堵庵:1718〜1786年。江戸中、後期の心学者。石田梅岩に師事。心学の普及に貢献。『前訓』『知心弁疑』など
 やればできる。やりさえすればできるのだ。頭にあること、心にあることを実際の行為、行動に移すことが重要なのだ。できない原因の多くは「やっていない」からだとみよう。やりさえすればいいのである。成功の秘訣は、目標を定め、アクションプランを練り、実際にその通りにやってみることである。
192 「天下何事か研究せずして発達するものあらんや」

(『新歌論』より 伊藤左千夫:1864〜1913年。明治時代の歌人、小説家。雑誌「アララギ」を創刊。『新歌論』『野菊の墓』『春の潮』『浜菊』など)
 何事か成そうとすれば、徹して研究、追究しなければならない。塵も積もれば山となり、一歩一歩が山の頂へと導くのである。平和で幸福な社会の実現も同様である。平和について、幸福について、徹して研究、追究しなければならない。一日も休まず、必死に取り組んでこそ、見えてくるものがある。
191 「自分の力でどうにもならないことは、心配しても意味がない」

(ギル・アメリオ:1943年〜。アップル・コンピュータ元会長兼CEO。ICチップ会社からヘッドハンティングによりアップル社へ。倒産の危機の会社を立て直す)
 悩み相談を引き受けながら、どうにも解決策が見つからないときにもついつい「とにかく頑張って」などと無責任なことを言ってしまいがちだが、どうにもならないことはどうにもならないのである。大事なことは、気持ちを切り替えて、自分のできることが何かを探し出すこと。そのほうが、エンドレスな悩みのスパイラルに留まって延々と心配の壺にはまって過ごすよりは、精神衛生の面でもずっと意味があることなのだ。実際、できることをやることが解決への近道である。
190 千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす

(『五輪書』より 宮本武蔵:1584〜1645年。江戸前期の剣豪。諸国を遍歴し、吉岡清十郎らと立ち合い、二刀流の奥義を開眼。巌流島で佐々木小次郎を倒した)
 連日のオリンピック選手たちの活躍に触れながら、人間の持つ能力のすごさ、美しさ、無限の可能性というものを実感し、心を動かされる。彼らの強さ、速さ、巧さの背後には気の遠くなるような鍛錬の積み重ねが存在している。ここに人間と動物の違いがある。人間とは、目的を成し遂げるために、たゆまぬ努力を重ね、限界を超えて自らを鍛え抜く存在なのだ。
189 勝つべきところで集中して勝つ

(上山保彦:1929〜。住友生命保険相談役)
 熱帯夜のせいというよりは、連日の深夜の五輪観戦で寝不足気味かもしれない。いくつもの勝負の行方を追いながら、勝者となるためには何が必要なのかを考えてみる。勝負には戦うべきポイント、勝負どころというものがある。鍛錬を重ねたその技と精神をいかに勝負どころで発揮するか、である。チャンスを逃さず、強みを生かした者が勝者となる。輝け、日本!
188 己れに克つ

(西郷隆盛:1827〜1877年。幕末、維新期の政治家。廃藩置県に尽力、西南戦争で敗れ、自刃。『西郷隆盛文書』)
 西洋の知性の父と呼ばれるデカルトは「我思う。故に我有り」と言った。これは西洋のエゴイズム、自我主義のルーツだともいわれる。ベストセラー『ソフィーの世界』の作者、ノルウェーのヨースタイン・ゴルデルは、デカルトの言葉は間違いだと指摘し、「我有る。それ故に我思う」と言った。人は自らの存在位置を疑うとき、不安と恐怖によって堕落の道をたどるのである。自分は自分である。人と比べて自分を見てはならない。どんなときも、自分が自分を越えていくのである。
187 不仕合(ふしあわ)せのとき草臥(くたび)れる者は、益(やく)にたたざる なり

(『葉隠』より 山本常朝:1659〜1719年。江戸中期の学者。『葉隠』は武士の生き方や佐賀潘関係の武士の逸話を筆録したもの)
 つらいとき、逆境の立場にあってこそ、人間、真価が問われるというもの。苦しいとき、いかに気力を奮い立たせることができるかが問題だ。運があってもなくても、どんな境遇にあっても、自分を見失わず、前を向いて精進しなければならないのである。
186 新しいことをやれば、必ず、しくじる。腹が立つ。だから、寝る時間、食う時間を削って、何度も何度もやる

(本田宗一郎:1906〜1991年。技術者、実業家。本田技研工業社長、最高顧問を歴任。一代で「ホンダ」を築き、独創的な技術を生み出した。)
 本田宗一郎の経験に裏付けられた名言。亡くなる間際にある雑誌のインタビューに応えて語った言葉である。事実は時空を超えて真実となって現れる。「ホンダ」を築き上げた氏の世界観がよく伝わってくる言葉である。ここに成功の鍵、勝利の秘訣を見いだすことができる。成功するまで挑戦する。勝利するまで戦う。寝食を忘れるほどの情熱が限界を超えさせるのだ。
185 七度尋ねて人を疑え

(ことわざ:「七」は、多いという意味。類句に、「七日探して人を疑え」)
 人間というのは人を疑いやすいものだ。人を疑う前にまずは自分を疑ってみるべきなのだが、なかなかそうしないのが人間のさがだ。実際、ほとんどの場合、原因は自分自身にあるものである。
184 愛は惜しみなく与う

(トルストイ:1828〜1910年。ロシアの小説家、思想家。ロシア社会の実相を描き、リアリズム文学の最高峰といわれる。『戦争と平和』など)
 愛とは、惜しみなく与える行為だという。問題は、そのような愛の持ち主にいかにしてなり得るかということである。そのためには、まず、そのような愛を体験してみなければならない。愛する対象を見いだし、惜しみなく与える実践を繰り返し行ってみなければならない。実際に、惜しみなく与える人生を生きてみな ければならない。
 われわれはもっと愛について強く意識し、愛の実践の機会を積極的に持つことを心掛けなければなるまい。さもなくば、本当の意味で愛が何かを知ることさえできないのである。
183 天才とはとりもなおさず、人より優れた忍耐をする能力である

(ベンジャミン・フランクリン:1706〜1790年。アメリカの政治家、科学者。週刊誌発行から、アカデミーの創設を手掛け、議会書記、ペンシルベニアの州知事を務める。科学者としては、ストーブや避雷針を発明した)
 天才と称される人々の偉業の背後には、確かに並外れた忍耐力の存在を認めることができる。しかし、凡人の人生においてもそれは不可欠のものである。なぜなら、人は皆、自らを完成するために生まれてきたからだ。完成への道のりに忍耐力は絶対条件である。一人一人の自己完成への努力こそが世界平和実現の最短距離なのだ。
182 有能な者は行動するが、無能な者は講釈ばかりする

(『人と超人』より バーナード・ショー:1856〜1950年。アイルランドの劇作家、批評家。機知とユーモア、風刺に富んだ筆致で有名。1925年ノーベル文学賞受賞。『人と超人』『ピグマリオン』など)
 「有能」と「無能」の境目は? 行動するか、せぬかにあり、ということだ。 真に賢い人間とは、行動や実体験に裏付けられた言葉を持つもの。また、賢人はその言葉を自らの行動によって更新していく。言うばかりで行動に移さない者に、真の意味で成功した者はいないのである。
181 人の持つ一番の財産は共感してくれる配偶者である

(エウリピデス:前485頃〜前406年頃。古代ギリシャの三大悲劇詩人の一人。『メデイア』『トロヤの女たち』『アウリスのイフィゲネイア』など)
 共感してくれる相手がいることほどうれしいことはない。職場であれ、友人関係であれ、である。生涯の伴侶がそうであるならば、間違いなくこれは人生一番の財産である。幸福の源泉となるだろう。