Global Youth Net 今週の名言名句「言葉は力なり」<バックナンバー>

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更新:2013年3月15日
220 「我は我、人は人にてよく候」

(『集義和書』より 熊沢蕃山:1619〜1691年。江戸前期の陽明学者。『集義和書』『集義外書』など)
 比較能力は人間が天から与えられた素晴らしい能力の一つであるが、使い方によってはつまらない優越感や劣等感にさいなまれることになる。どんなに他者と比較して悩んでも、自分にないものはないのである。重要なのは、自らにあるものをどう生かすか、である。昨日より今日、今日より明日、己の持てる強みを大切に育てよう。
219 「私は弱者よりも、強者を選ぶ。積極的な生き方を選ぶ」

(坂口安吾:1906〜1955年。昭和期の小説家、評論家。『逃げたい心』『吹雪物語』『堕落論』『白痴』など)
 人間生きていれば、弱い時もある。しかし、自分に負けてはいけない。自分に負けぬためにはポジティブな生き方を選択すべきなのだ。向かい風にも立ち向かっていく気概を持たねばならない。われわれはどうであれ前進せねばならない。
218 「人間というものは、生きているということに多少の意義がないと、生きて行けないものですよ」

(『輝ける海』より 井上靖:1907〜1991年。昭和期の小説家。『闘牛』で芥川賞受賞。『淀どの日記』『氷壁』『天平の甍』『敦煌』『楼閣』『風濤』など)
 生きることの意義、難しい問いかけだが、確かに、人間、生き甲斐を持てぬ人生とは寂しく、虚しいものだ。どうせ生きるなら、素晴らしく生きていきたい。どんな小さな生き甲斐でもそれを見つけだして生きていけるなら、人生は温かく、豊かなものとなるだろう。
217 「汝を高むる者はただ汝自身の中にあり」

(『三太郎の日記』より 阿部次郎:1883〜1959年。大正、昭和期の哲学者、美学者。夏目漱石に師事。『三太郎の日記』『人格主義』など)
 人は往々にして救いを外に求める。常に他者への依存心で自己を覆い、己を守ろうとする。しかし、真実はそうであってはならない。真に己を高める力は自分自身の中にあるのだ。結局、自分に打ち勝つこと、自ら努力し責任を果たそうとする姿勢が救いの本質であり、成長と発展の秘訣なのである。
216 「玉磨かざれば光なし」

(ことわざ)
 最初から光り輝いている玉はない。われわれもまた同様である。磨かずして、実力は発揮されぬもの。努力すること、鍛錬することを怠らず、常に未来の輝きのために準備する者となろう。
215 「人は誰でも種々様々な能力を持っているものなのに、どんな優れた能力があるかを知らずにいる場合が多い」

(盛田昭夫:1921〜1999年。実業家。東京通信工業(ソニー)を設立、名誉会長)
 人は誰でも固有の性質、すなわち個性を持って生まれて来る。個性は才能とも呼ばれる。宗教的な表現を用いれば、それは神様からのギフトであって、「賜物」なのである。イエス・キリストの「タラント(タレント)」の例え話も同様の意味をもって理解できる。その点で人は本来、平等のはずなのだ。しかし、問題はそれをなかなか見いだせない、使いこなせないところにある。“大器晩成”などということわざもときには慰めとなるかもしれないが、若くして己のタラントを発揮してこそ、幸運な人生というものだろう。若い時に己のタラントを見いだすべく、自分自身についても徹して研究してみるのは決して無駄なことではない。
214 「身を修むるときは道立つ、賢を尊ぶときは惑わず」

(『金言童子教』より 勝田祐義:生没年不詳。江戸中期の学者)
 良き人生を得る道理は案外シンプルなのかもしれない。要は心掛け次第なのだ。その人の持つ姿勢、心の在り方がその人の形を決め、何に価値を置くかがその人の道を決めるのである。
213 「生は休みなき流れだ」

(『律』より 上田敏:1874〜1916年。明治時代の翻訳家、詩人。『耶蘇』『みをつくし』『文芸論集』『海潮音』など)
 人生は時の流れとともにある。ゆえに生は休みなき流れとなる。「流れる」とは「変化する」ということ。人生は常に変化するものなのだ。変化を受け入れ、 執着心を捨てて生きていこう。そうすれば、人は無限に成長し、発展して行く。
212 「自分の一生を平和にする為には心を静かにすることが必要だ」

(『幸福者』より 武者小路実篤:1885〜1976年。明治、大正、昭和期の白樺派の代表的小説家、劇作家。雑誌「白樺」を創刊。『お目出たき人』『真理先生』『幸福者』『愛慾』など)
 心を静かに保つことほど難しいことはない。これができるなら、確かに平和の人生を手に入れることができるに違いない。虚栄心や怒りの気持ち、高慢な思いをコントロールし、いかに心を静かに治め平らかにするかが平和の第一歩である。
211 「人は機会さえ与えらるれば、何人でも無限にその能力を発揮するものである」

(吉野作造:1878〜1933年。明治、大正、昭和期の政治学者。「民本主義」を主唱。『明治文化全集』『吉野作造博士民主主義論集』など)
 その通りであるが、こういった名言名句は主語を「私は」とか「自分は」に置き換えてみるとよい。「“私は(自分は)”機会さえ与えられれば、無限に能力を発揮するぞ!」と、力強く、宣言しよう。そして、誰かが機会を与えてくれることばかりを期待して生きるのではなく、その機会を自ら求め、貪欲に探しだし続 けることが肝要である。意識していれば、意外とチャンスは見えてくるものだ。 他人にチャンスを与える生活もまた、自らのチャンスを獲得する秘訣である。金だけでなく、チャンスもまた、天下の回りものなのだ。
210 「自らを尊しと思わぬものは奴隷なり」

(『断片』より 夏目漱石:1867〜1916年。明治、大正期の小説家)
 人は自らを尊んでこそ、人としての生を営むことができる。元日を迎えて一つ歳が増えるが“数え年”の数え方。新年を迎えて新しい自分となる。一つ歳を重ねた自分を誇ることから新年を始めよう。私は歴史の先頭に立ち、世界の中心に立っている。2013年、自尊心をもって果敢に挑戦する者となろう!
209 「生きて行くことは案外むずかしくないのかもしれない」

(『蝮のすえ』より 武田泰淳:1912〜1976年。昭和期の中国文学研究家、小説家)
 物事は難しいと考えれば難しくなり、そうでもないよと思えばそうでもなくなる、と考える方がよい。「生きることは難しい」と考えるよりも、「どう生きたいのか」という観念を持つことの方が重要である。人生に山があり谷があることはしごく当然のことである。問題は、己の人生に対する自身の態度であり、意気込みである。新しい年をどう生きたいのか、まずそのような意思表示を新年に向かってはっきりと宣言しよう。
208 「少年よ、大志を抱け(Boys, be ambitious)」

クラーク:1826〜1886年。アメリカの科学者、教育者。招かれて来日。札幌農学校の教頭となる。キリスト教により、学生たちに影響を与えた。
 言わずと知れた歴史的な名言の一つである。志を持つことは実に大事なことだ。その人の人生を真に人生たらしめるかどうかはこれに懸かっていると言っても過言ではない。少年に限らず、である。人は生涯、大志を持ち、老若男女、万民が志を貫く人生を生きるべし、である。
207 「私は災難の起こるたびに、これをよい機会に変えようと努力し続けた」

(ジョン・D・ロックフェラー:1839〜1937年。スタンダード石油トラスト創業者。20世紀最大の巨万の富を一代で作り上げた人物。独占禁止法などにより、何度か会社を解体されたが、困難を乗り越えて成功している)
 災難に見舞われたり困難に遭遇したとき、気力を失い失望の淵にはまってしまうのは凡人である。確かに、多くの場合はそのような展開に収まる。しかし、非凡な人生はピンチをチャンスに変えることで開かれるのだ。始めから終わりまで成功し続ける人生などというものを夢々考えてはならない。災難や困難、失敗の連続の中で人間は成長し発展するものだと考えよう。ピンチはチャンスなのであり、ピンチをチャンスに変えようとする努力こそが成長と発展の最大の秘訣なのである。
206 「生死などは何でもない、つまらない事柄なのだ。ただ生きて行く態度が重要なのだ」

(『二十五歳までに決定すべきこと』より 稲垣足穂:1900〜1977年。 昭和期の小説家。詩的幻想的作品が多い。『一千一秒物語』『弥勒』『A感覚とV感覚』など)
 死ぬことが問題ではない。なぜなら、人間はいつか死ぬのであって、問題はどう生きていくかが問題なのである。貴重な時間、貴重な出会い、貴重な自分…。 どう生きていくかを決めるのは自分自身である。これが人間の最大の特権である。
205 心の奥底に達してあらゆる病を癒せる音楽、それは温かい言葉だ

(『メーデーと異なる平和』より エマソン:1803〜1882年。アメリカの詩人、思想家。講演、著述の生活を送り、コンコードに住んだことから「コンコードの哲人」といわれる。『自然論』『アメリカの学徒』など)
 誰でも癒しを求めている。どんな豪傑であっても、である。人は言葉で傷つき、また言葉で癒やされる。私がどんな言葉を用いるかで、私の人生が決まるのである。私は他者の心を傷つけているのか、それとも他者の助けとなっているのか。いずれにせよ、言葉にはよくよく気をつけなければならない。言葉は使い方を間違えてはならない、最も恐ろしい凶器になり得るものの一つなのだから。
204 ものの事実は手でつかむこと

(豊田章一郎:1925年〜。トヨタ自動車名誉会長)
 自分の目で、自分の耳で確かめ、自分の体を使って体験してみる。自分の手でつかんでみてこそ、本物かどうか、実感をもって分かるものである。日本のモノづくりの基本は現場主義。「ものの事実は手でつかむこと」、この哲学が技術立国日本を支えている。
203 あらゆるいばらの道を切り開き、誰も手がけない新しい創造と取り組め

(井深大:1908〜1997年。昭和期の実業家。「動くネオン」で、パリ博覧会優秀発明賞受賞。東京通信工業[ソニー]を創立し、社長、会長、名誉会長を歴任。1989年、文化功労者に指定される)
 簡単なことではないし、結果を得られる保証はないけれど、未踏の領域へのチャレンジはそれだけで価値あることだ。挑戦者が絶えない限り、道は必ず開かれるからである。そのようにして人類の歴史は発展を遂げてきたのだ。われわれが挑戦し続けることこそが未来への財産であり、新しい創造の伏線である。
202 人生というものは、単純化してしまえば実に容易に単純になるもののようにみえる

(『残るもの』より 唐木順三:1904〜1980年。昭和期の評論家。『三木清』『現代史への試み』『森鴎外』『中世の文学』『千利休』『無常』など)
 確かに、人生、複雑に考えればどこまでも複雑なものになってしまいそうだが、単純化という発想に立てば、実に人生とは単純なもののように見えてくる。 人は生まれて、食べて、排泄して、働いて、寝て、そして死んでいく、だけ。実際の人生にはいろいろな事があるけれど、ときには、知らぬ間に背負ってしまったさまざまな荷物を降ろし、身を軽くしてひと息ついてみるのも、幸せな人生を送るための秘訣なのかもしれない。
201 社交の秘訣は、真実を語らないということではない。真実を語ることによってさえも対手(あいて)を怒らせないようにすることの技術である

(『港にて』より 萩原朔太郎:1886〜1942年。大正、昭和期の詩人。室生犀星と詩誌「感情」を創刊。『月に吠える』『青猫』『虚妄の正義』『日本への回帰』など)
 コラム子は真実を伝えるのがどうも下手なようだ。よせばいいのに、いつも「真実」を語ってしまっては人を傷付けてしまう。朔太郎にぜひ教えを乞いたいものだ。真実を語っても相手を怒らせない技術、感謝の心をも抱かせる社交の秘訣を。