Global Youth Net 今週の名言名句「言葉は力なり」<バックナンバー>

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60 「チャンスは貯蓄できない」

(キッシンジャー:1923年〜。アメリカの学者、政治家)
 成功のファクターの一つに「時」がある。“間(ま)”とか、“タイミング”というのも、「時」の属性と言えよう。歴史のスケジュールというものがあるとすれば、人間は自らの事情を超えて、それに合わせなければならない。
 「チャンスは貯蓄できない」。チャンスもまた、常に「時」を同伴する。チャンスはそのたびごとにしっかりつかんで、使ってしまわなければならないということだ。チャンスの消費期限は短い。チャンスは尻込みせず、躊躇せず、どんどん使うべきである。
59 「この道より 我を生かす道なし この道を歩く」

(『武者小路実篤詩集』より:武者小路実篤<むしゃのこうじ・さねあつ>1885〜1976年。明治、大正、昭和期の白樺派の代表的小説家、劇作家。雑誌「白樺」を創刊。『お目出たき人』『真理先生』『幸福者』『愛慾』など)
 新年の初めを、こんな決意を持って出発できたらどんなに素晴らしいことだろう。信念はときに人を頑なにし、行く道を自ら閉ざしかねない。しかし、やはり信念こそが、行く道を拓き、前進のための最大の原動力となる。
 人が行くべき道を知ることがどれほど幸福なことだろうか。自ら選んだ道だからこそ、自らを生かすことができる。一年の計は元旦にあり。年頭に当たって目標を明確にし、ひたすらその道を行こう。「この道より 我を生かす道なし この道を歩く」である。
58 「この世界には、人間の頭数と同様に、仕事は沢山あるはずである」

(奥村鶴吉著『野口英世』より:野口英世<のぐち・ひでよ>1876〜1928年。明治、大正期の細菌学者。西アフリカで黄熱病の研究中に感染して没す)
 来春卒業予定の高校生たちの就職内定率が厳しい。日高教は「新たな就職氷河期と言うべき事態」と危機感を募らせている。確かに就職は現実問題である。一般的な日本人の多くは、受験、就職という社会文化の中で人生を生きてきた。それが当たり前であり、社会とはそういうものだと思ってきた。しかし、人間の数だけ個性があり、生き方がある。時代の変動とともに、受験や就職についても新しい観念が現れてこなければならないのではないか。何のための受験であり、何のための就職なのか。
 野口英世の言葉は新しい気づきを与えてくれるものだ。もっと人間的で、個性的で、創造的で、主体的な人生があるんだよ、と教えてくれているようだ。自分を育てる人生、自分を生かす人生…。自分は何がしたいのか? 自分は何をすべきなのか? 自らの人生にもっと夢見る人間が増えれば、世の中も随分、楽しくなるはずなのだが…。
57 「自なくして他なく、他なくして自なし」

(『学生に対する一般的助言』より:安倍能成<あべ・よししげ>1883〜1966年。大正、昭和期の教育者、哲学者。夏目漱石の門下。平和運動発展に尽力。『西洋古代中世哲学史』『西洋近世哲学史』など)
 年の瀬に届いたお歳暮を手に取りながら、しみじみと人のありがたみを感じる今日このごろである。まさに「他なくして自なし」である。社会生活を送る上で、他者とのかかわり、人間関係をどうとらえるかは、社会的生命を決する重要な内容である。
 「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」というが、自己の存在意義をしっかりと感じてこそ、一人前の社会人となる。
56 「労を惜しめば、その果実は少なし。人の幸運は、その人の苦労に宿る」

(『ギリシャ神話』より:古代ギリシャ民族が生み出した神話や伝説をまとめたもの)
 何事も労を惜しまず、といきたいところだが、人間、なんだかんだと、労を惜しんでしまうもの。人生を「労多くして功少なし(苦労が多い割には報われない)」と見るか、労を惜しまず、努力し、投入し続けるかは、人の人生観である。古代ギリシャの先人は、“幸運は苦労に宿る”と説いた。苦労のための苦労ではなく、人の幸福と世界の平和のための苦労と思えば、労を惜しまず、希望をもって生きることができる。
55 「組織全体に一つの勢いをつけることが大事なんです」

(瀬島龍三:1911〜2007年。経営者。伊藤忠商事副会長、会長、特別顧問を務めた)
 組織とは何か? 「組織が」という主語は、ときに一人一人の責任感を狂わせ、組織人たちを泥沼へと引きずり込んでいく。組織もまた人なり、であろう。結局、組織は一個の人間の拡大したものである。一人の人間もまた、心身が一体となり、四肢五体が一つとなってこそ生きたものとなるのと同様、組織もまた、一丸となってこそ、その勢いを持つ。組織に勢いがつけば、構成員である一人一人もその勢いに乗って、それぞれの能力を発揮することとなろう。
 全体と個体は一体不可分である。個は全体のため、全体は個のためである。一人一人が全体のためにと思うだけでも、組織はその勢いを盛り返すだろう。
54 「誰だって忘れたいと思うさ、いろんなつらいこと、不愉快なことは。忘却は民衆の知恵だっていう言葉もあるくらいだ」

(『神と人とのあいだ』より 木下順二:1914年〜。劇作家。『夕鶴』で毎日演劇脚本賞受賞。『オットーと呼ばれる日本人』『沖縄』『生きることと創ること』『日本原爆詩集』)
 普通、仕事や日常生活の場面では、「忘れる」という行為(?)は決して、褒められたり、評価されたりするものではない。が、人生、忘れたほうがいいことだってある。辛いこと、不愉快なこと、忘れることで前向きになれる。忘れてしまえば、笑顔再び、である。忘却は確かに人類共通に必要な「知恵」だ。しかし、「忘れてはならない」という知恵もまた、同時に不可欠ではある……。
53 「たつた一人しかない自分を、たつた一度しかない一生を」

(『路傍の石』より 山本有三:1887〜1974年。小説家、劇作家。人道主義的、理想主義的人生観に基づく作風。『女の一生』『路傍の石』『嬰児殺し』『同志の人々』など)
 オンリーワン。たった一つという貴重さ。これが「私」という自分の存在感の原点である。たった一人しかいない私の一生はたった一度のものである。実に貴重である。誰も取って代わることのできない、唯一にして、絶対的な私の人生である。苦労することもある。恥をかくこともある。悲しみも辛さも悔しさも、そして喜びもすべてひっくるめて、たった一人の私のたった一度の一生である。
52 「鷹は水に入って芸無し」

(ことわざ:[文献]「鷹は水に入って芸なく、鵜は山に有て能なし、筋目有る侍も世事にはうとき町住居」文耕堂ら 『平仮名盛衰記』)
 鷹や鷲は、空の世界では「王者」の風格で、我が物顔に振舞う。しかし、水の世界ではどうか。才能に恵まれた人物もその能力を発揮できる場所がなければ無力なもの。人には個性や持ち味がある。重要なのは、それを生かし、発揮する場所や場面があるということだ。頑張るにも場所とタイミングが肝心である。わが身を振り返り、鷹なのか鵜なのか、ときどき自己分析してみては?
51 「生は休みなき流れだ」

(『律』より 上田敏<うえだ・びん>:1874〜1916年。明治時代の翻訳家、詩人。『耶蘇』『みをつくし』『文芸論集』『海潮音』など)
 生きるということは、生きているということは、常に変化という流れとともにあるということだ。ゆえに変化を恐れてはならない。人生は変化の連続である。この世の事象もまた、変わりゆくもの。執着よりも変化を受け入れる心を持とう。
50 「己の立てるところを深く掘れ。そこには必ず泉あらん」

(高山樗牛<たかやま・ちょぎゅう>:1871〜1902年。明治時代の評論家。雑誌『太陽』を主宰。『わがそでの記』『滝口入道』『美的生活を論ず』など)
 自分のできることから始める。自分のできることを徹底的にやってみる。ベクトルの起点はほかでもなく、自分自身だからである。あれこれ難しいことを考え悩むよりも、まず自分のできることからやってみよう。徹してやり続ければ、必ずや突破口が開かれ、泉は湧き出すのである。
49 「現実に触れよとは切実な経験をせよということである」

(『人生に触れざる感』より 安倍能成<あべ・よししげ>:1883〜1966年。大正、昭和期の教育者、哲学者。夏目漱石の門下。平和運動発展に尽力。『西洋古代中世哲学史』『西洋近世哲学史』など)
 実際に自分でやってみる、苦労してみる、責任を持ってみる・・・。切実な思いは、切実な経験から生じるもの。頭で理解するだけでなく、体感し、心で感じ取ることが体験の意義でもある。生きていることを実感し、成長したければ、恐れず現実に触れよ!切実な経験をせよ!
48 「危ない所に登らねば熟柿は食えぬ」

(ことわざ)
 高い目標を達成し、大きな成果や利益を得ようとすれば、超えなければならないハードルもまた高く、危険を冒す覚悟をもって臨まなければならない。だからといって、“危ない所に登る”ことに目的があるのではない。熟柿を味わうことが目的なのである。リスクを恐れ、リスクを克服しようとする心構えと具体的な準備が、結果的に熟柿を得る資格となって与えられるのである。
 人生もまた、大いなる目的のため。それを成就するためには、しかるべき資格を得るためのリスクもまた避けられないということだ。そして、忘れてならないのは、熟柿を食べたいと心から願っているかどうかである。願望のないところからは何も始まらない。
47 「総じて、人は分相応の楽しみなければ、又精も出し難し。これに依って、楽しみもすべし、精も出すべし」

(『日暮硯(ひぐらしすずり)』より 恩田木工(おんだもく):1717〜1762。江戸中期の藩政改革者。『日暮硯』)
 人はそれなりの楽しみがなければ、精いっぱい励むのも難しいものだ。だから、大いに楽しみ、そして一生懸命頑張ることだ。仕事も家庭生活も楽しみがあればこそ、である。人は喜びのために苦労を厭わないのであって、苦労のための苦労では、いずれは停止してしまうだろう。楽しむことは悪いことではない。むしろより良い人生の実現のために楽しみは不可欠なのだ。
46 「短所を直すにはすごいエネルギーが必要だけれど、長所を伸ばすのは楽である」

(『ぼくでも社長が務まった』より 山下俊彦:1919〜。技術者、実業家。松下電器産業特別顧問。『ぼくでも社長が務まった』)
 短所を直すか、長所を伸ばすか。人は喜んでやれるとき、最も力が発揮されるものだ。短所を直す努力は大切なことだけれど、容易なことではない。分かっていてもなかなか改められないのが短所というもの。
 一方、長所を伸ばすのは楽しい。楽しいことは楽である。やればやるほど力がわいてくる。長所を伸ばすことに8割、短所を直すのに2割。そんなバランス感覚で毎日の生活を見詰めていけば、人間間違いなく、満足いく幸せな人生を手に入れられるだろうな。
45 「青春とは心の若さである」

(松下幸之助:1894〜1989年。昭和期の実業家。松下電器産業社長、会長、相談役を務めた。経団連、発明協会会長などを歴任。PHP研究所や、松下政経塾を創設)
 青春とは、青年とは、肉体の年齢を指して言う言葉ではない。では、“心の若さ”とは何だろう。純真さ? 夢見る心? ・・・決して希望を失わない信念と勇気、夢を諦めない純真な心。年齢が若くても、夢も希望も持てず、自分の未来を信じる心がなければ、青春を生きている青年とは言えないのだ。「青年よ、大志を抱け」とは、「大志を抱くならば、汝青年なり」と同義である。
44 「成功する人の動かし方、リーダーシップの基本は、人望と決断力だ」

(片岡勝太郎:1916〜2005年。アルプス電気会長)
 人を動かす二大ファクターとしての「人望」と「決断力」。言い換えれば、人の信頼や尊敬は「人望」と「決断力」がなくては得られないということだ。人望を集めるためには、さまざまな人生体験もし、人の情に通じ、知識を持ち、洞察力や責任感も備えなければならないだろう。決断力ある人物となろうとすれば、心身共の強さも必要である。真のリーダーシップは、日々の自己鍛錬に裏付けられ、謙虚・謙遜な姿勢で学び続ける者にこそ、備わるものなのかもしれない。
43 「人は愛せずして生きることができず、また、愛されずして生きることはできない」

(徳富蘆花:1868〜1927年。明治、大正期の小説家。『不如帰(ほととぎす)』『思出の記』『黒潮(こくちょう)』『新春』など)
 人は「愛」のない人生を生きることはできない。人は常に「愛」を求めて生きている。愛とは、愛すること、愛されること。愛するだけでもなく、愛されるだけでもない。愛の人生は、愛することと愛されることが表裏一体の関係で編まれている。幸福な人生とは、愛で編まれたマフラーを首に巻くようなものだ。たくさん愛のマフラーを編んで、人々に贈ろう。愛は広がり、もっと大きなものとなる。愛は拡大志向である。
42 「考えるより当たれ、体当たりによって生きたアイデアが生まれる」

(土光敏夫:1896〜1988年。実業家。石川島播磨重工業を設立し、社長、会長を歴任。経団連会長などを務め、日本財界の指導に尽力)
 「考えるより当たれ」といって、“考えること”を否定しているわけではないだろう。しかし、じっと座して考えてばかりで何も生まれてこないというのはいただけない。“体当たり(行動)”すれば、得るものがある。それは“刺激”である。この刺激は体当たりする側だけでなく、体当たりされた側も同じだ。双方向の授受の度合いが強ければ強いほど刺激は強くなる。潜在能力もまた、物事に触発されて顕在化するものだ。「行動せずして成長なし!」ということか。
41 「自分の生き方さえ求めたら、現在の暮らしよう、生き方は必ずある」

(『砂の上に』より 大佛次郎:1897〜1973年。大正、昭和期の小説家。『赤穂浪士』『乞食大将』『帰郷』『旅路』『天皇の世紀』など)
 自らの暮らし向きを嘆く前に、自分がどう生きたいのか、どんな生活をしたいのかをじっくり考えることが事の始めである。実体の前に構想あり、である。ゴールが見えれば、スタート地点も決まるというものだ。9月をどう生きるのか、8月残りのこの週末でしっかり計画を立てれば、自ずと生きる力はわいてくるはずだ。