第4回「青年平和大使協力隊 in ネパール」の報告

概要

ゴルカ本支援 YFWP-Japan(世界平和青年連合)は2014年8月20日~29日までの10日間、第4回目のネパール支援プロジェクトを開催しました。ネパールの学校支援活動とスタディツアーを目的としたネパールプロジェクトは好評をいただくようになり、今回は過去最多となる25名がプロジェクトに参加しました。部分参加の皆さんは途中で帰国しましたが、10日間の期間中で、5つの学校を訪れました。カトマンズ近郊のスンダリジャル、ラムコットにある学校2校とゴルカ郊外の学校、チトワンの学校そしてバクタプルにある私立学校の5つです。それぞれの学校で刺激を受けた参加者の有志が、帰国後に始めた支援プロジェクトの輪も広がっています。

行程

2014年8月20日(土)~8月29日(月)

主な活動 滞在都市
8月20日 飛行機での移動、深夜到着 カトマンズ
8月21日 バクタプルの学校訪問 カトマンズ
8月22日 スンダリジャル小学校 スンダリジャル
8月23日 交流・国際青年フォーラム カトマンズ
8月24日 カトマンズ観光 ゴルカ
8月25日 ゴルカ学校訪問 チトワン
8月26日 チトワン観光 チトワン
8月27日 マラカマナ寺院観光 カトマンズ
8月28日 カトマンズ観光 機内
8月29日 飛行機での移動

プロジェクトの目的

 1.ネパールの教育支援
 2.ネパールの文化を学び、国際人としての自覚を深める
 3.ネパールと日本を結ぶ架け橋となる

 

支援活動報告

Creative Learners Academy 訪問
CLA絵の交換
CLAけん玉

 夏のネパールプロジェクトでは最初にバクタプルにあるクリエイティブ・ラーナーズ・アカデミー(CLA)を訪ねました。CLAを訪問するのはこれで3回目になります。 CLAは私立の学校ですが、地域の人々に安い授業料で教育を提供しているのと、孤児を受け入れていることから以前参加してくれたメンバー数人がこの学校の継続的な支援を始めました。今回の訪問時にも、中古のノートパソコンや筆記用具などの寄贈品を準備してくれました。学校へ到着すると歓迎のセレモニーがあります。この式典中に寄贈品を校長先生に手渡しました。また日本とネパールで絵の交換プログラムも行われました。セレモニーが終わると、日本文化クラスの時間が始まります。グループごとに連絡をとり合いながら日本で準備してきたクラスを英語で担当します。今回のネパール訪問で最初のクラスだったこともあり、参加者は少し緊張気味でしたが、生徒たちは折り紙などのそれぞれのクラスをとても喜んでくれました。

Sundarijal Elementary School 訪問
Sundarijal Elementary School CLAに訪問したその翌日、私たちはスンダリジャル小学校へ訪問しました。山麓にあるこの学校は麓からゆっくり登れば1時間ほどかかります。それぞれのペースで山登りをはじめ、学校に辿り着くと一休みです。子供たちは参加者が持ってきたシャボン玉や今回寄贈した校庭の遊具で遊んでいます。学校への寄贈品を送るセレモニーが終わると、続いて兄弟姉妹結縁式を行いました。スンダリジャル小学校の校長先生は私たち日本人とスンダリジャル地域のネパール人が結ばれたことをとても誇りに思ってくれており、町の人々にも大いに宣伝してくれるので、多くの若者が私たちとの兄弟姉妹結縁式に参加してくれるようになりました。ネパール人は日本人のように少し恥ずかしがり屋のところがあります。恥ずかしがり屋の日本人とネパール人が初めて出会い、二人だけになると大半のペアは何をどのように話したらいいのかはじめは戸惑うことが多いです。それでもみんなで日本の「しっぽとり」などのゲームをすると会話が始まりほぐれていきます。最後はみんなでダンスをして盛り上がり、BHパートナーとの別れこの日はそれぞれのパートナーの家に宿泊することになりました。

 翌日の朝、麓にある校長先生の家に集合して出発します。一晩ともに過ごすとすっかり打ち解けてしまいます。大半の人は一日前に知り合ったばかりですが、情関係が深まった分、別れるのはとても辛いものになります。連絡先を交換してこれからも交流を続けることを誓いながら後ろ髪引かれる思いで次のスケジュールへと出発しました。

Shahid Smirity Higher Secondary School 訪問
ゴルカ日本語をメモする少年 次は地方都市ゴルカへ移動です。この町へはカトマンズからバスで5時間ほどかかります。ゴルカの郊外にあるシャヒッド・スミリティ学校へ訪問するのも今回が3回目です。学校での歓迎セレモニーでは子供たちにノートや筆記用具を手渡しました。そして前回参加したメンバーが中心になって集めてくれた英語の本を寄贈しました。日本文化のクラスでは、参加者も徐々に慣れてきたのか、どのように教えたら伝わるのかをそれぞれが工夫できるようになってきました。子供たちは日本文化の学習にとても関心を持っています。ある男の子は参加者が持っていたネパール語の学習本を覗き込みながら、なんと自分のメモ帳に書き取りを始めました。勉強する環境が整っていなくてもなんとか勉強したい子供たちはいるのです。その後私たちは、学校の小さな図書室を見学しましたが、少なすぎる本の現状に驚いていました。わずかな寄贈品でも子供たちの勉強の助けになることを願うばかりです。
Shree Shivalaya National Primary School 訪問
チトワンカバン支援4チトワン図書館

 次に私たちが訪れたのはインドとの国境付近にあるチトワンです。ここはネパールでも南側に位置しており、北側にあるヒマラヤの高山地帯に対して、ジャングルが広がる亜熱帯の平野部です。シュリーシバラヤ小学校の地域はカーストの身分が、わりと低い人々が住んでおり、貧しさから共働きの世帯が多いところです。そのため日中はおじいさんやおばあさんが子供たちをみています。貧しさから学校に通うことのできない子供たちも多く、政府の資金も十分には届いていません。たとえば制服やカバン、そして文房具がないから学校に通うことができない子供たちもいます。学校に通ってはいてもボロボロの制服を着ている子もいますし、通ってはいても何も持ってくることができない子もいます。また、中には貧しさから普段着としての冬服を持っていないため、冬になるとあまり外に出ることなく家の中でほとんどの時間を過ごす子供たちさえいます。暖かい地域とはいえ、冬の最低気温は6℃まで下がることもあります。そのため冬になるとTシャツなどの夏服だけでは外に出られません。服がないことが学校に行けない理由にもなっています。それほどこの学区は貧困の問題にあえいでいる地域なのです。

 ここの学校へは有志のメンバーが本を寄贈しようと準備してきました。彼らはYFWP-Japanが毎年主催する「We have a dream Project」でも入賞を果たしこの学校への支援に備えてきました。本の他にもカバンや教科書、そしてノートなどを贈りました。

チトワンダンス1 貧しい地域にありながらも住民の皆さんは私たちを大歓迎してくれました。地域のおばあさんたちは私たちの手を引きながら一緒にダンスを踊り、共に時間を過ごしてくれました。私たち日本人の生活は、どんなにお金がなかったとしても、この地域ほどの貧しさではありません。それでも私たちを暖かく家族のように迎えてくれる地域の人々に触れながら、私たちよりも幸せに暮らしている人は意外と多いのかもしれないと多くの参加者が感じていました。

チトワン国立公園観光
観光象乗り チトワンの国立公園も観光してきました。朝はまずカヌーによる川下りです。川の流れに合わせて川を下っていくと、珍しい鳥や鹿そしてワニが川のほとりまでやってきます。鳥の鳴き声と川のせせらぎだけが聞こえてくるジャングルの朝の静寂な空間はとても神秘的です。ガイドさんが一番早く発見する動物たちを、あとから教えてもらいながら皆で探していきます。私たちは30分ほどの川下りを楽しみました。エレファントライディングツアーにも参加しました。象に乗って、ジャングルの奥まで入っていくツアーです。途中、何度か木の葉を食べるために、象は鼻を上手に枝に絡めたり、折ったりしながら効率よく葉っぱを集めて食べています。森の奥に入って行くと何頭か鹿を見かけました。この日は森の奥にサイもやってきました。動物園で見かけるサイとは違って、自然のままの行動を眺めることができるのはこのツアーの特権でしょう。
Jyoti Primary School 訪問
ラムコット学校ペンキ2 カトマンズに移動したあと、私たちはジョティ小学校を訪ねました。ここはカトマンズ市街地から1時間ほどの郊外にある小さな町です。学校ではささやかな寄付をさせてもらいました。この寄付で簡素に作られていた学校のトイレに屋根をつける改修工事をすることになりました。私たちは当日、トイレのドアのペンキ塗りを担当しました。この学校にも制服がなくて学校に来ていない子供たちがいました。少し前には現地コーディネーターが自腹で制服を何着か買ってプレゼントしたそうです。彼が少しずつ自分の小遣いを出しながら子供たちを支援しているのです。ここの学校でも日本から持ってきた文房具を子供たちに寄贈しました。しっかりと勉強して、ネパールが豊かになるためにも貢献してほしいと思います。

参加者の感想(抜粋)

・ホームステイではお世話になったお家がほんとに家族のように感じました。そこにいたのは、お父さん、お母さん、そして兄弟でした。出会いはその日で一瞬のような時間しか一緒に過ごしませんでしたけど、紛れもなく私の家族です。つぎの日、お別れするときもほんとはもっとこの家にいたい、離れたくないという思いが強かったです。 (S.A)

・全体を通して、ネパールは貧しくとも幸せな国であることと、日本人としての誇りを教えてもらいました。ネパールでは自分の国のTシャツ「 l love Nepal 」を多くの人が着ており、友人に聞いても好きだよと言っていました。逆に日本人に聞いてもそうはならないでしょう。そんなネパールに日本は多くの支援をしていることも知りました。日本には世界にも負けない優れた技術力があり、優しさがあることを再確認するとともに誇らしく思うようになりました。もっと日本人としての自信を持っていいのだと!ネパールに支援に行ったはずが、逆に日本人の良さを教えてもらいました。(K.H)

・私たちが当たり前に受けてきた教育や環境がどんなに恵まれている事なのか思い知りました。学校には、親の居ない孤児の子供達も少なくありませんでした。そして、子供達が学校に来て先生に食べ物をねだる事もよくあるという話を聞きました。私が今回体験して見ることができたのは、このような様々な問題の中のほんの一部に過ぎないと思います。私たちが帰国した後も、子供達の暮らしは当然ここにあって、これが日常であること。時には、今日の様に笑顔で居ることが難しいこともあるかもしれない。けれど、目の前にいる子供達は喜びと希望に満ちた最高の笑顔を見せてくれました。ネパールの子供達のキラキラと輝く笑顔から、幸せは物では無く、心が満たされることなのだと改めて分かりました。そして、ネパールの子供達からの愛で私自身の心が満たされ幸せを感じ、子供達を笑顔にしてあげられることにまた、大きな幸せを感じました。(N.M)

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